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Let’s Talk Ambassador – バルセロナへ

“Let’s Talk” Ambassador Program
バルセロナ訪問記録(陸前高田市中学1年生 熊谷悠花さん)

一般社団法人はなそう基金では、本年(2014年)から“Let’s Talk” Ambassador Programと銘打って、Komo’s英語音読会@陸前高田に参加中の人を海外に派遣する活動を始めました。第一弾は、「佐藤たね屋」の佐藤貞一さんの台湾訪問(6月)。そして第二弾となるのがこちらの熊谷悠花さん(中1)のバルセロナ派遣でした。

バルセロナとのご縁は、2011年までさかのぼります。もともと親日的な方々も多いバルセロナの地では、震災後からすぐに被災地支援活動が立ち上がっていました。震災から3年以上経過した今も、多くの人々が東北被災地に思いを寄せて下さっています。

私(古森)としては、2011年の秋に宮森千嘉子さんのお声がけにより、初めてバルセロナを訪問しました。ビジネススクールであるIESEやESADE、あるいはカサ・アジアの方々とのご縁が生まれ、震災後の日本企業の対応のことなどを含めた講演を行いました。以来、はなそう基金としてもバルセロナとの交流が続いています。

日本文化スクールであるBonsaikebana (http://bonsaikebana.com/ 主宰:石松玲子さん) の皆さんからは、年末にはクリスマスカードが毎年100通以上送られてきます。英語音読会の参加者からは、色紙にメッセージの寄せ書きをしてお送りします。Korekara Japon (http://korekarajapon.wordpress.com/)の皆さんは、春になると日本の応援イベントを開催して下さり、その収益金から東北被災地への義援金送付を続けておられます。

熊谷悠花さんは、Komo’s英語音読会@陸前高田の発足時からの参加者のお一人です。バルセロナから送られて来たクリスマスカードなどを見ているうちに、「海外と文通をしてみたい」という思いがわいてきて、2013年の春からバルセロナとの文通を始めました。Bonsaikebanaの石松さんが窓口になって、3名のペンパルがいます。

“Let’s Talk” Ambassador Programは、単なる短期海外旅行をプレゼントする活動ではありません。震災を起点にして行き先地との文脈や、一定期間の継続的努力などがある場合に、そのご縁が広がり深まることを後押しするプログラムです。悠花さんの場合は、一年以上の文通継続実績とともに、バルセロナの方々に日頃の応援に対する御礼を伝える意義もあることから、Ambassadorとして適任と判断。今回の派遣となりました。

8月1日に移動し、2日~4日を現地滞在、そして5日昼に現地を発って6日に帰国という忙しい旅程ではありましたが、滞在中は文通相手の一人であるマリナさんのご自宅にホームステイをさせて頂きました。悠花さんは、英語によるスピーチを含め立派に旅程をこなし、個人的にも一回り大きくなって帰って来てくれました。

尚、初めての海外旅行で乗継なども発生することから、はなそう基金活動会員兼賛助会員の髙橋 健さんに全旅程を同行して頂きました。準備と滞在期間中の受け入れには、数多くの方々のお世話になりましたが、とりわけBonsaikebanaの石松玲子さん、Korekara Japonの角田 寛さん、ピアニストの鈴木羊子さんには懇切丁寧にサポート頂き、本当にお礼の言葉もございません。

ここから先、同行の髙橋さんによる訪問記録を掲載させて頂きます。

 

2014年8月1日(移動日)

悠花さんは、陸前高田からの移動でした。4時起きでお母さんに見送ってもらい、一ノ関で新幹線に乗って東京へ。10時過ぎに空港着。東京からバルセロナへの直行便はないため、今回はモスクワ経由のアエロフロート航空を利用。通関後、さっそく2万円をユーロ換金にチャレンジ!

今回はロシアの航空会社のため、機内放送はロシア語と英語が中心。そして時々、日本語も入るという感じでした。フライトアテンダントさんに何かを注文するにも、使用言語は英語でした。私が少し手伝ったりもしましたが、飲み物などは自分で指差しで注文するなど、出来るだけ自律的に。

乗り継ぎ地のモスクワに到着。トランジット手続きを済ませ、少し時間があったのでお店をぶらぶら・・・。色々な種類のマトリョーシカが並んでいるお店などを見て回りました。20時くらいに搭乗ゲートへ。日本時間では既に25時。機内放送がロシア語とスペイン語と英語になって聴き取れなくなったのも手伝ってか、悠花さんは熟睡。

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バルセロナには現地の23時(日本では翌6時)に到着。深夜にも関わらず、石松さんが迎えに来て下さいました。無事トランクケースも回収して石松さんと合流。 石松さんは、1979年からバルセロナ在住でいらっしゃいます。タクシーの車中、色々とバルセロナ事情を教えて頂きました。

その後、私(高橋)はKorekara Japonの角田さん宅へ。悠花さんは石松さんの知人宅へ到着。深夜にも関わらず暖かく迎えて頂き、それぞれに泊まらせて頂きました。

 

8月2日

悠花さんと私は、それぞれの宿泊先で朝食を頂いた後、今回の短期ホームステイ先となるマリナさん自宅前に集合しました。同じく文通相手のお一人であるネウスさんも駆けつけて下さり、一年以上にわたる文通相手と直接会うことが出来た悠花さん。今日はまず、バルセロナの街歩きです。石松さんも同行して下さり、総勢7名で。

まずは、悠花さんの荷物をマリナさんのお部屋に運び入れつつ、皆でマリナさんのお宅を見学。最寄りがサグラダファミリア駅という羨ましい環境の素敵なお家です。マリナさん宅を出て、まずは路線バスでグエル公園へ。グエル公園は丘の上にあるのですが、その丘の頂上にある学校に通っているパトリシアさんが案内を買って出てくれました。

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庭園には、サボテンや日本ではあまり見かけない草花が植えてありました。また、道ばたには地面でお土産を売る人やストリートミュージシャンが沢山。悠花さんは、道を歩きながら目に入る光景を興味深そうに見ていました。暑くなってきたため、グエル公園の庭園内のガウディ設計の建物はざっと見学して地下鉄駅に移動。サグラダファミリアへ。

歩きながらも石松さんの教え子の4人が色々気に掛けて下さり、日本語も交えた形で会話を楽しんでいました。サグラダファミリア前では、写真撮影タイム。やはり近くで見るととても大きいです。大きい中にも細かく形作られている文様が興味ひかれるようでした。

その後、ランチのためにピアニストの鈴木羊子さんのお宅へ移動。このお宅のすごいところは、間にまったく遮るものがなく、目の前にはサグラダファミリアがそびえていることです。そんな贅沢な雰囲気の中、皆で食事を楽しみました。スペイン語・日本語混じりの会話を楽しんだ後は、隣の部屋で羊子さんのピアノ演奏を鑑賞。

ラフマニノフの鐘(浅田真央さんのフリーの曲)、スペインの作曲家の曲、ナウシカで使われていた曲、羊子さんが作曲された曲など、ハーブティーを飲みながらぜいたくな時間を楽しみました。バルセロナを発つ翌日に羊子さんがバルセロナで演奏する機会があるそうですが、タイミングがあわず残念。

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羊子さんのお宅を出た後は、石松さんといったん別れ、街歩きがてら「東北への道」という展覧会に4人と移動。東北の名産や文化をコンパクトに紹介する展覧会なのですが、バルセロナの人達の質問に答えていくと意外に東北の事を知らないことを実感。悠花さんに組木の説明をしてもらいましたが、ちょっと苦労していました。

ここでは、先月バルセロナに越してきた日本人男性と偶然出会い、日本文化を説明する大切さについてすこし会話を楽しみました。

その後はやや雨模様に。悠花さんと高橋は駆け足でマリナさんのお家に移動。私もマリナさん宅の晩ご飯をいただく事にしました。ただ、20時くらいになると、日本では深夜3時なので、時差ボケもあって悠花さんはいったんお休みに。少し寝た後に起き出してきて、あんこうのフライ、ひよこ豆のサラダ、桃など食べました。充実した一日でした。

 

8月3日

朝からバルセロナ郊外に向けて出発。石松さんのBonsaikebanaの生徒さんのお宅へ。文通相手のネウスさん、マリナさんと一緒にバスに揺られて1時間弱。Llica d’Amuntという場所はなだらかな丘が拡がり、林や家々が点在しているとても住み心地の良さそうな地域です。

Begonyaさんが生け花の生徒さんで今回の接点をつくってくれたのですが、ご主人のFerranさんが羊飼いの羊を追う犬を育てるのが趣味で(趣味が高じてカタルーニャ語の本まで出版されています)、自宅から離れたところにある羊を飼っている場所まで出かけて行き、訓練された犬が羊を追う様子を間近で見せてもらいました。

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その後、ご自宅にお連れ頂き、おうちの中を見学させて頂いた後、息子さんたちも合流して一緒に昼食を頂きました。日本文化が大好きなBegonyaさんのアレンジしたお宅の中は、カタルーニャ風でありながら山水画に通じるような壁飾りやテーブルクロスの生地などがあり、日本の雰囲気がそこかしこに取り入れられていました。

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ここで、Begonyaさんから悠花さんに、生け花教室の生徒さん達からのプレゼントが!「バルセロナのものをぜひ買って、陸前高田の方々にバルセロナの気持ちを届けて欲しい」とのことで、お金を預かりました。バルセロナ滞在中にこれでお買い物をして、陸前高田に持ち帰ることになりました。

その後、Begonyaさん夫妻の車でバルセロナに戻り、市内を一望できるTibidaboへ。山の頂上は遊園地になっており、時折アトラクションも楽しみつつ、海と山と広い空に囲まれたバルセロナの街の風景を堪能しました。悠花さんは、ようやく時差も取れてきたところ。明後日には帰路につくという短い行程ですが、明日はいよいよ英語スピーチなどもあり、アンバサダーとしての役割の山場です。

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8月4日

今日はいよいよ、悠花さんのアンバサダーとしての仕事の本番です。まず、お昼にKorekara Japon、夕方からはBonsaikebanaにてメッセージを伝えます。

その前に、昨日お預かりしたお金を使って、バルセロナから応援して下さっている方々の気持ちを伝えられるようなお土産探しに。仲良し5人組の悠花さん、マリナさん、ネウスさん、パトリシアさん、ルシアさんでお土産屋さんへ。その後、Korekara Japonのイベント時に会場として使わせて頂いているというMitteというカフェに集合。

バルセロナの地でそれぞれデザインやアート、写真等の分野で活躍している方々と、個性的なお店のオーナー夫妻の計9人の方々に対して、悠花さんは練習して来たメッセージを英語で披露しました。その後は場所を変えて本場のパエリアを食べながら、お互いに情報交換。食事に舌鼓をうちながら、6名の方々にバルセロナでのそれぞれの活動を聞いたり、陸前高田に来たことのない方に現地の状況を説明したりしました。

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ここでは、陸前高田を訪れたこともあり、Korekara Japonの立ち上げメンバーでもある角田寛さん(今回、高橋は全日程、角田さん宅に泊めてもらいました)にアンバサダーとの交流の場や、当日の説明もご尽力いただきました。ありがとうございます。

その後、4人組と合流して、再度、お土産を求めて街中をそぞろ歩き。少し歩くとガウディが設計した家があったりするので、街並みを楽しみながらお土産を選んで歩きました。夕方19時からは、Bonsaikebanaの教室に集合。石松先生の元で生け花を学んでいる方々を中心に、日本語教室の生徒も加わって、アンバサダーの到着を歓迎してくれました。

スペインの地元(カタルーニャ)の方々がほとんどのこの会では、悠花さんが英語でメッセージを伝え、文通相手のマリナさんがそれをスペイン語に通訳。今度は生徒さん代表のオスカルさんが英語、スペイン語、日本語(!)で応答メッセージを披露され、実際に対面でお互いの気持ちを伝える場になりました。

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メッセージ交換後は、それぞれ生徒さんが持ち寄った軽食を食べながら交流を図る場となったのですが、悠花さんの元にスペイン語に少し英語を織り交ぜながら一生懸命何か気持ちを伝えようと集まる人達を前にして、悠花さんも何か心の中に芽生えるものがあったようです。

食事の後は、皆で「さくら」とバルセロナオリンピックの歌「Amigos para siempre(永遠の友達)」を輪になって手を繋いで熱唱しました。悠花さんのペンパルのマリナさんは、控え室で悠花さんが練習している英語を聞いて涙ぐんでおられました。短い日程でも、二人が強い友情で結ばれたことを感じる瞬間でした。

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その後、残ったメンバーで最後のディナーへ。大役を終えて緊張もほぐれ、明日昼にはバルセロナを発ってしまうんだ・・・と思ったせいか、悠花さんも涙ぐみ、マリナさんが慰める場面もありました。「きっとまた来たい!」と静かに力強く語る悠花さんは、この数日で確実に大きくなったなぁと感じる素敵な瞬間でした。

 

8月5日

ホームステイ先のマリナさんとマリナさんのお母さんに空港まで送って頂き、いよいよ帰国です。短い滞在でしたが車窓からみるバルセロナの風景は、数日前に来たときよりも懐かしい、慣れ親しんだような雰囲気に見えました。
空港に到着し、悠花さんと一番長い時間を共にしたマリナさんともいよいよお別れ、お互いに再会を約束して出国しました。
この数日で本当に色々な体験や出会いをした悠花さん。「バルセロナの皆さんが日本に来たら色々案内したい」「次回バルセロナ来るときはスペイン語で話したい」、と語る悠花さんは頼もしく、そして大きく感じられました。

(Takahashi & Komo)

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