ブログ

東日本大震災が語りかけているもの

2011年3月11日に発生した東日本大震災から、およそ一年が経過しました。震災の爪あとは深く、一年の時を経てもなお、「被災地の復興には多大な時間を要する」ということが、私たちの眼前にある冷徹な事実です。

震災の日、恐ろしい津波や燃え盛る業火の映像を見ながら、私は思いました。「めぐり合わせによっては、自分はあそこにいたかもしれない。あるいは、震災はここで起きていたかもしれない。たまたま、生き延びたに過ぎないのだ・・・」

あの震災は、想像を絶するほどの甚大な被害とその後に続く苦難の連続を通して、人類にとても本質的で重要なことを語りかけているように思います。幸運にも今日、依然として生きている私たちは、そのメッセージに気づいているでしょうか。

  

私には、こんな風に聞こえます。

人間は、生きていることに感謝し、自然に対して謙虚でなければならない

人間は、歴史に学ぶだけでなく、それを生かして行動しなければならない

人間は、一人では生きていけない。支え合い、助け合わなければならない

 

思うに、これらは決して人類にとって目新しいメッセージではないのです。人類が地球上で存在し続けていくうえで本質的に重要なことは、大昔からすでに明らかにされ、様々な形で言い伝えられてきました。

被災地の復興は、大げさな表現かもしれませんが、人類の今後を占う試金石のようなものです。私たちは、過去からの学びを本当に現在の思考と行動に反映させ、未来に向けて生かしていくことができるのでしょうか。

それとも、何かが起きるたびに、「ああ、そうだった」と言い続けるのでしょうか。もしそうだとすれば、今や70億人を超えるに至った人類が、長きにわたって地球上に存在し続ける可能性は低いように思えてなりません。

自然環境と共生しうる形で、過去の天災・人災を通じた幾多の学びを生かし、人間同士の絆が息づく社会を本当につくることができるのか。被災地復興の取り組みの中で、実は、人類全体の持続可能性が象徴的に問われているのです。

そのように気づいたならば、まず個々人が行動しなければなりません。大きな変化をイメージしながら、まずは自己のアクションを「0」から「1」へ。個々人が実際に行動を起こすこと、そしてそれを続けていくことが、世の中を変えていきます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る