ブログ

アミア・ミラーさん(陸前高田市 海外広報ディレクター)

■□■□■□■□■□■□■□■□

「復興対談シリーズ」 ~ Talk for Recovery ~

第6回 陸前高田市 海外広報ディレクター アミア・ミラーさん (Ms. Amya L. Miller)
■□■□■□■□■□■□■□■□

1. 何がおきたかを五感で感じる

古森: アミアさん、今日はお越しいただきまして有難うございます。陸前高田市の海外広報ディレクターに就任されたという報道に接してから、是非お会いしたいと思っておりました。お会いできて光栄です。

アミア: こちらこそ、お声がけくださり有難うございます。お会いするのを楽しみにしておりました。実は、以前から久保田副市長さんが古森さんの活動のことを私に話して下さっていたので、Facebookでお名前を探していたのです。でも、なぜか見つけることができなくて・・・。

tfr06-01
古森: そうしているうちに、偶然にも私からメッセージが来た・・・というわけですか。私は私で、久保田さんに「アミアさんにつないでいただけませんか」とお願いして、先日ご紹介いただいた次第です。アミアさんが海外広報として目指しておられることと、私が考えていることは、共通項があると一瞬にして直感していましたので。

アミア: 私もそう思います。毎月、英語のクラスを開催しに陸前高田を訪問していると聞きましたが。

古森: はい。2011年の11月から「Komo’s英語音読会」というものを始めまして。私は震災後に物資の支援を行っていたのですが、あるときふと、実際現地に行こうと思い立ちました。それで、たまたま物資の主な行き先だった陸前高田に行ってみたのです。そこから音読会の活動が始まりました。アミアさんは、どのようにして陸前高田に出会われたのですか。アミアさんは、基本的には、日本ではなくてアメリカにお住まいなのですよね?

アミア: それはですね・・・。私、日本で育ったのです。今私の家族は皆アメリカに住んでいますけど、日本は私が育った場所なのですよ。ですから、日本に対しては個人的に強い結びつきがあるのです。ところが2011年の3月11日のあの出来事をテレビ番組や新聞で見て・・・。本当にショックでした。最初はもう、どうしたらいいか分からなくて。

古森: それで、被災地に行こうと決めたわけですか。

アミア: そうです。最初のうちはパニックになってしまって、毎日部屋の中をうろうろしていました。きっと、おかしな人に見えたことでしょうね。そうするうちに、私の夫が「行きたければ、行っていいんだよ」と言ってくれました。彼の言葉に背中を押されるようにして、日本に飛んできました。

古森: それは、いつ頃のことですか。

アミア: あれは・・・ 3月の下旬でしたね。

古森: ええっ、震災からほんの2週間くらいのタイミングで飛んで来られたのですか。

アミア: はい。

古森: 最初は、どこに向かわれたのですか。まっずぐ陸前高田へ?

アミア: いいえ、当初はそもそも被災地へのアクセスがほとんど不可能でした。被災地に行くことが出来るボランティア団体を探し出すのに苦労しましたが、ようやく「All Hands」 (http://hands.org/ )のほうで大船渡に行く機会を得ました。「All Hands」の拠点が大船渡と陸前高田にありましたので、陸前高田にたどり着くことが出来たのです。

古森: なるほど。大船渡方面から陸前高田に入られたのですね。

アミア: そうです。活動の初日に、陸前高田エリアに来る機会を得ました。そして、私たちの乗った車がアップルロードを通って、陸前高田に入った瞬間・・・。

古森: その瞬間・・・。

アミア: ただもう、圧倒的な光景に言葉を失いました。とにかく、圧倒的なほどの。そのとき私は、「いったい何なのよ、これ・・・」みたいなことを、つぶやいていたように思います。それはある意味、「静寂なる地獄」のような光景でした。

古森: 「静寂なる地獄・・・」

アミア: そうです。「静寂なる地獄」です。

古森: 私が初めて陸前高田に行ったのは、2011年の9月初旬でした。その時でさえ、被災の傷跡は想像を絶するほどで、早朝に一人で壊れた建物の前にたたずんでいたら、涙が出てきました・・・。狂ったかのように泣きました。そこで起きたであろうことが、3次元のイメージでわいてきたのです。あまりにもショックが大きくて、「ここに少なくとも10年は来よう」と心に決めました。人生が変わりました。

アミア: その「3次元のイメージ」というの、分かります。ほんとうに、違うんですよね・・・。テレビなどで見ているのと、実際に現地に行ってそこに立つのとでは、大きな違いがあります。実際に行かないと、本当に何が起きたのかは体感できません。

古森: いうなれば、「3次元」で、そして「五感」で感じるものがありますよね。直接どうなっているかを見て、においをかいで、触って、静寂の音を聞いて・・・。

アミア: 私、すべての日本人が一度は東北被災地を訪問すべきだと思うのです。日々忙しいかもしれません。急ぎの仕事があるかもしれません。家庭の事情があるかもしれません・・・。でも、一年のうちに一日さえ作れないなんてことがあるでしょうか。今回の震災は、日本にとって歴史的な出来事です。すべての日本人が、末代まで語り継いで、学びを残していかなければならないと思います。それが、日本人の社会的、倫理的責任だと思いますよ。

古森: その最初の衝撃的な訪問の後、どうされたのですか。

アミア: いったん、アメリカに帰国しました。そして、長期的な視点で何ができるか、家族と相談しました。そうこうしながらも、2011年の夏~秋には再度被災地を訪問しました。そして私が出した結論は、被災地復興のために日本にとどまるということでした。早速東京に拠点を設け、ビザなども手配しました。

古森: ご家族は、それを許してくれたのですね。

アミア: はい、私は幸運でした。ここに来て滞在するための要件が、満たされていたからです。それらの要件の最たるもののひとつが、家族の理解です。それなくしては、こんな風に腰をすえて活動することは出来なかったでしょう。

古森: そして、最終的には陸前高田市から海外への情報発信をサポートする役回りを得たのですね。日本語圏と英語圏の両方の言葉とカルチャーを理解できるアミアさんは、本当にはまり役ですね。

2. 「陸前高田市 海外広報ディレクター」という役割

古森: 陸前高田には、どれくらいの頻度で通っておられるのですか。

アミア: そうですね、だいたい月の半分を陸前高田で、残りの半分を東京で過ごすようにしています。

古森: なるほど、50%ずつという感じですね。それぞれ、2週間ほどずっと滞在されるのですか。

アミア: いいえ。一週間の連続滞在を上限にしています。平均的には、東京と陸前高田を月に2往復する形になっています。

古森: そうですか、かなり忙しいスケジュールですね!まだ仕事の内容自体が出来上がっていくところだとは思いますが、「海外広報ディレクター」というお仕事は、どんなイメージなのでしょうか。日本の自治体としては珍しい役割ですよね。

アミア: 私の究極のミッションは、陸前高田と世界とをつないで、復興にプラスにはたらく要素を作っていくことです。その目的を念頭に置きつつ、私の現在の主な仕事は海外メディアからの問い合わせ対応ですね。実のところ、現在でも数多くの海外メディアが東北の津波被災地のことに関心があります。しかしながら、取材を続ける明確な事情がある福島を除けば、海外メディアとの関係構築に積極的な自治体は多くはありません。そうした状況で私の役割がアナウンスされましたので、ここのところ世界中のメディアから問い合わせがきています。
古森: 世界のメディアが潜在的にはまだ関心を持ってくれているというのは、良い知らせですね。でも、ある意味それは自然なことかもしれませんね・・・。なんといいましても、今回の大規模災害は日本人だけでなく世界中の人々にとって何かを学ぶ機会になっているわけですから。

アミア: それで、私は東京にいる間も非常に忙しいのです。海外向けの広報機能を持っている被災自治体は、現段階では陸前高田くらいですから、ほとんどの問い合わせが私のところに集中しています。通常、海外メディアの方々にとっては、まず東京で私に会ってあたりをつけてから、現地でしか得られない情報を得るために陸前高田に行く・・・という流れが好都合です。私の方としても、東京にいるときのほうが、当然より多くの海外メディアの方々にお会いすることができます。

tfr06-02
古森: なるほど、東京と現地の2ヶ所にいるということが、まさにこのお役目にフィットしているわけなのですね。まあ、違う視点から見れば、どっちにいてもアミアさんは忙しいということになりますが!ところで、海外のメディアに会う際には、当然のことながら陸前高田についての詳細をお話しすることになりますね。以前どうだったか、何が起きたか、何が進行中か、何が課題か・・・などなど。海外メディアに向けて発信(アウトプット)するのと同じくらい、実は情報収集(インプット)もお忙しいのではないかと想像します。

アミア: そうなのです。インプットの作業はとてもチャレンジングなのですよ。この役割は、組織基盤の確立された大企業の広報とはわけが違いまして、被災自治体の、しかも過去に例がない役割なのです。広報に出す情報がいつでも準備OKという状態ではありませんし、自分から積極的に探し、集め、咀嚼し、編集しなければならない場合が多々あります。正直なところ大変な仕事ですが、より広く深く陸前高田を知る機会を持てるということはエキサイティングだと感じています。

古森: ところで、最近海外メディアが関心を寄せているのはどういうテーマでしょうか。例えば、「奇跡の一本松」など?

アミア: そうですね、それも関心事の一つですが、戸羽市長に対する関心も非常に根強いものがあります。

古森: ああ、戸羽市長についてですね・・・。昨年のWall Street Journalに戸羽市長に関する大きな記事が出ましたが、いまだに覚えています。戸羽市長のfacebookも都度拝読しています。直接お会いしたことはないのですが、とてもオープンでフランク、それでいて個性的なお人柄の持ち主のようですね。

アミア: その通りです。海外のメディアが戸羽市長に関心を持つのは自然なことだと思いますし、私に聞いてくださればもっと詳しくお話しすることができます。それから、市役所内部のマネジメントの観点では、戸羽市長はほんとうに一緒に働きやすい人です。私を含め、メンバーに大きく任せて下さいます。スタッフを本当に信頼している人ですね。

古森: なるほど。それで、戸羽市長のチームに参画されて、ワクワクされているわけですね。

アミア: ええ、とっても!

3. 「内部にいる外部者」になる、というチャレンジ 

古森: 話をちょっとパーソナルな側面に移させていただきます。経験のない場所で仕事をしていくうえで、一番大変だとお感じになっていることは何でしょうか。私、以前米国で経営コンサルタントとして勤務した経験がありますが、外国での仕事というのは、充実しつつも非常に苦しかったという記憶があります。もしかしたら、アミアさんも同じような苦労をされているのではないかと。
アミア: おっしゃる通りで、充実しつつも苦しい場面が多々ありますね。陸前高田の復興、そこにいる人々の幸せに貢献できるというのは、大変素晴らしいことです。一方、現地のコミュニティに入るときには、「ガイジン・カード」を切らないようにしているので、その点は難しい面もあります。

古森: 「ガイジン・カード」?

アミア: はい。もし私がコミュニティの外側にいる単なる外国人として自分を位置づけるのであれば、むしろ受け入れられるのは簡単でしょう。もし何か不適切なことをしでかしたとしても、人々は、「ああ、彼女は外国人だから仕方ないね。」と割り切って下さるでしょう。でも、その分人間関係は薄いものになってしまいます。私の場合、日本で育ったのでカルチャーのことも分かりますし、あくまでも「日本人」のモードでコミュニティに入っていくようにしています。日本の方々がなさるように、相手の気持ちを敏感に感じ取ろうとしますし、些細なことにも気を使います。
tfr06-03
古森: つまり、日本人のことを良く分かった外国人として、日本人のコミュニティに入っていかれるのですね。となると、アミアさんに対する「期待値」は高くなりますね。「ガイジン」として振舞えば安全なところにいられるのに、あえて日本人のローカルで有機的な世界に溶け込もうとされているのですね。

アミア: 私は、地元のコミュニティの一部になりたいと思っています。そして、普通はそれでうまくいくのです。でも、時折、入って行けないこともあります。より具体的には、向き合う個人によっては、フィットしきれない場面がありますね。

古森: まあ、それは日本人同士でもそうでしょうけど・・・。

アミア: 例えば、あるとき私は被災地の人の話を伺っていて、そのあまりにも悲惨な内容に涙を流してしまったことがありました。起きたことの苦しさが想像できてしまったので、涙をこらえることができなかったのです。しかし、その方は私が泣くのを見て、突然お怒りになりました。「泣くなら、来るな!お前に起きたことじゃない。お前が泣くな!」と。すぐに私は、その方のお気持ちが分かりました。でも、そのときは涙を抑えることは出来なかったのです。

古森: う~ん・・・。とてもデリケートな話ですね。でも、ひとつだけ確かなことは、アミアさんが「ガイジン」として最初から振舞っていたのであれば、その人は怒りを表に出さずに言葉を飲み込んでいたでしょうね。心の中で、「このガイジンに、津波被災者の気持ちなんて分かるわけがねぇ。」と、つぶやいていたことでしょう。でも、アミアさんがある意味「内部にいる外部者」であったからこそ、その人は気持ちを表に出すことが出来たのだと思います。

アミア: こうした個々人のレベルでは、その都度向き合っている相手に応じて非常に繊細な対応が必要になると思っています。話を聞いて涙を流すことが、常にいけないということではありません。個々人ごとの文脈に応じて、泣いても良かったり、泣いてはいけなかったり、だと思います。

古森: 日本人でさえ、それは難しいですよ。例えば、ボランティアの方々による心無い言動にまつわる話は、いろいろと耳にしました。悪気がまったくない場合でも、結果として被災地の方々の感情を害する場目というのは多々あったわけですよね。日本人でさえ、そうなのですよ。

アミア: そうですね。でも、私が向き合っている方々というのは、想像を絶するような苦しみを経験して、今なお様々な形で苦しんでおられる方々なわけです。「ガイジン」という盾に隠れないと心に決めた以上、自らの言動の与える影響に関しては、日本の方々と同じレベルのチャレンジを受けたいと思っています。

古森: 素晴らしいですね・・・。コミュニケーションとは何か。それを体現しておられますね。いつの日か、陸前高田の人々もアミアさんのこうした努力を知り、そこから何かを感じとるのではないでしょうか。それはきっと、陸前高田の人々が海外の誰かにコミュニケーションをとる立場になった際に、留意すべきポイントとなることでしょう。

4. 子供たちのために種を蒔き、ドアをあけよう

古森: 陸前高田市の海外広報ディレクターという公務のほかに、被災地の人々のために何か個人的に取り組んで行かれることはありますか?

アミア: もちろんあります。今形を帯びつつありますのは、幼稚園・保育園の子供たちと一緒に過ごすという活動です。

古森: 幼稚園・保育園の子供たちと一緒に過ごす?

アミア: はい。いわゆる英語教室ではないですよ。いうなれば、コミュニケーションの場ですね。園児たちと一緒にいながら、私は日本語と英語の両方を使ってお話しをします。近くで一緒に過ごすことによって、園児たちが外国人に対して恐怖心を抱かないようになればいいなと思います。

古森: それ、大事な活動ですね!アミアさんは、その活動を通して園児たちに「オープンで世界に開かれた心」の種まきをしているわけですね。素晴らしいです。
tfr06-04
アミア: 日本語で話しながら、私は時々「コーヒー」などの言葉を日本語の発音で口にします。英語圏由来の外来語で日本語に完全に溶け込んでいる言葉はたくさんあります。園児たちでも、「コーヒー」と普通に言えますね。そこで、私は言うのです。「それ、英語なのよ!今あなた、英語を話せたのよ!」と。園児たちでも、ケーキ、キャンディ、アイスクリーム、チョコレート、ボール、ハンバーガー、プール、トラック、ドレス、などなど、色々な単語を知っています。それらが実は英語だったと知ったとき、園児たちは満面の笑みを浮かべるのです。そんな表情を見るのが楽しくて・・・。

古森: 学ぶ喜びと自信を授ける、素晴らしい方法ですね・・・。子供たちは、アミアさんに会えて幸せですね。きっと、心の中にアミアさんが蒔いた種を、自分たちで育てていってくれることでしょう。

ああ、もうお時間になりましたね。光陰矢のごとし、ですね。アミアさん、本日は対談をお受けいただき、改めてありがとうございました。これをご縁に、色々と協働させていただければと思います。
ありがとうございました!

 

(終)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る