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荒木タキ子さん(月山神社 宮司夫人)

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復興対談シリーズ ~ Talk for Recovery

第2回 月山神社(陸前高田) 宮司夫人 荒木 タキ子  さん

(対談実施:2012年6月下旬)

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古森: こんにちは。お忙しい中にお時間をいただきまして、ありがとうございます。この対談シリーズは、東日本大震災からの復興の現場で活動しておられる方々にお話を伺い、メッセージを世の中に発信しようということで、この4月から始めました。本日で第2回となります。よろしくお願い申し上げます。

 

荒木: よろしくお願いいたします。

古森: 「光に向かって 3.11で感じた神道のこころ」(川村一代、晶文社)で荒木さんのことを知り、先日偶然にも「にじのライブラリー」でお会いして、「この方の経験されたことや感じておられることを世に伝えたい」と思うようになりました。まず、発災当初の様子などをあらためてお聞かせいただき、そこから感じられたことなどについてご自由にお話しいただければと思います。

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■ 多くの人々が自律的に動いた

古森: この月山神社も、荒木さんご自宅兼研修道場のほうも、発災直後から多くの方々の避難所となっていたと聞きました。

荒木: 神社はもともと地域の人々のよりどころとなるものですから、何かあれば身を寄せていただくのが本分です。他の被災地でも同様だったと思います。この神社には、しばらくの間400人くらいの方々が寝泊りしていました。地震発生直後から、すぐに人が集まり始めました。

古森: 文字通り、「よりどころ」となったわけですね。

荒木: 神社下の地区の湊、上長部などの方々に加えて、気仙町~今泉のほうの人々も避難して来られました。気仙川に隣接しているこれらの地区では、一部を残してほとんどすべてのものが流されてしまいました。津波につかってずぶ濡れになった人も含め、皆さん徒歩で山を越えてここまで来られたのです。夜になってからも、避難者はどんどん増えていきました。

古森: 雪が降る真冬の夜に、ずぶ濡れで山を越えて・・・。

荒木: ここの神社も研修道場のほうもすぐに一杯になってしまいました。そうしたら、この近辺から避難して来られた方々が、学校やコミュニティーセンターのほうに自発的に移動して下さったのです。その方々も被災者だったのですが、ずぶ濡れになって山を越えてきた人たちに場所を提供するために、床が冷たく過ごしにくいところへ自発的に移動して行かれました。

古森: 自分自身が危機的状況にある中で、なかなか出来ることではないですね。

荒木: 家が残った人たちは、毎日2千個近くのおにぎりを作って届けて下さいました。自衛隊からの物資が届くまでの数日間を支え続けたのです。国道45号線が寸断されて、路上にはたくさんの車が取り残されていました。車と一緒に立ち往生していた多くの人々にも、山で湧き水を汲んでおにぎりと一緒に届けていました。

古森: 車中の方々にまで。

荒木: 津波発生後、自宅兼研修道場の方では、もう16時半頃にはご飯を炊いて、おにぎりにして、味噌汁を作って、食べ物も持ち寄って、物事が粛々と動いていました。そして18時半に就寝準備、19時半には寝るようにしました。その間も大きな余震が続いていました。

古森: 危機の最中にあって、冷静に手際良く物事が進んだのですね。

荒木: 情報がまったく入らない状況でしたから、「日本中が大変なことになっているに違いない」「しばらく救援は来ないだろう」と思いました。電気も水も途絶えていますから、できるだけ体力の消耗を抑える必要もありました。

古森: あれだけのことが起きて、情報もない不安の中で、皆さんはなぜそんなに粛々と行動することができたのでしょうか。

荒木: 一人ひとりの心がけの賜物だと思います。昔からこのあたりは漁村で、男達は遠洋漁業で何ヶ月も帰ってこないという家がたくさんありました。残る者たちは日頃から防災訓練をしっかりしていましたし、何かあればすぐに連携しあって自発的に動くことが出来ました。

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古森: 日頃から危機対応意識が高かったのですね。 

荒木: そして、特に大きかったと思うのは、おばあちゃん達の存在です。肝っ玉母さん。

古森: 肝っ玉母さん。

荒木: 海難事故で家族を亡くしている人も珍しくありませんし、これまでに色々なサバイバル経験を積んでいらっしゃいます。危機に陥ってもあわてません。津波で流されていく家を高台から見ながら、「贅沢しすぎた。いつかこうなると思っていた」などと言うのです。

古森: 津波で家が流されていくその光景を見ながら、ですか・・・。

荒木: 経験豊富なおばあちゃん達が、臨機応変にかまどでご飯を炊き、お湯を沸かし、そのお湯も色々なことに循環活用して急場を見事に凌いで下さいました。

古森: おばあちゃんたちの知恵が随所に発揮されたのですね。

荒木: 震災後しばらくはトイレもないですからね。地面に穴を掘って、ビニールシートで覆いをして、汚物が溜まってきたら埋めて、また別の場所を掘って・・・と、だんだん場所を移動させていくのです。地面に埋めれば汚物は分解されていきます。循環活用した水は、最後にここで撒いて使いました。

古森: そういうことが、発災直後から誰が言うともなく自律的に機能していった・・・。日頃から危機意識を持たざるを得ない環境に暮らし、様々な苦しみや悲しみを乗り越える中で他人思いの心を育み、サバイバル経験を積んだ人がたくさんいるコミュニティだったからこそ、そのような動きが出来たのでしょうね。

■ 今振り返れば人生で一番充実した時

荒木: このようにして震災直後の日々を思い起こすと、表現は難しいのですが、ある意味で「人生で一番充実した時だった」と感じることがあります。

古森: 一番充実した時・・・。

荒木: 地震も津波も来て欲しくはありません。言葉にできないほど悲惨なことがたくさん起きてしまいました。しかし、その悲惨なことに向き合いながら一日一日を皆で助け合って生きた日々というのは、言葉にすれば「充実していた」という表現が最も近いように思うのです。

古森: なるほど、「充実」ですか。

荒木: 家も家財も何もかも、人によっては家族さえも流されてしまって、本当に何もなくなった状態で集まった人々。でも、人間ってすごいと思いましたね。悲しみや苦しみを胸に抱えながらも、子供たちも含めて皆さん、努めて明るく過ごしておられました。

古森: そのような状況下でさえ、明るく。

荒木: 生き残った消防団員さんたちは、警察、病院、市役所などの機能が麻痺している中で、それらの役割をすべて担うかのごとく働き続けました。一ヶ月くらいほとんど仮眠で過ごし、着替えもない。来る日も来る日も、ご遺体の捜索と搬送。彼らを送り出す私たちも働き続けました。そんな状況下でも、皆で挨拶して言葉を交わしながら、日々を明るく過ごしていたのです。平静を装うことでギリギリのところで精神状態を保っていたと言えるでしょう。

古森: ただひたすら、やるべきことを皆でやり続ける日々・・・。その過酷な日々の中に、明るさがあったと。

荒木: 子供たちも、一気に成長したようでした。自分たちに出来ることを考えて、自発的に行動しました。山で薪を拾ってきたり、フキノトウを摘んできたり。

古森: 子供なりに役に立とうとして、自分で考えて行動したのですね。

荒木: 物資もエネルギーも限られている中で、皆で自然に分け合って、助け合って、日々を過ごしていました。持ち寄った食料は発砲スチロールの箱に入れて並べておき、端から順々に使っていきました。ふたを開けると腐敗が早くなりますからね。そういう秩序が、きちんと保たれていました。「モノ」が絶対的に足りないということが分かっている状況では、むしろ不平不満は起きなかったのです。

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古森: モノが足りない状況では不平不満が起きない・・・。なるほど。

荒木: そもそもモノが「ない」から、奪い合うこともないし、不平不満もないのです。モノが足りない状況では、人はお互いを気づかって分け合います。皆で分け合えば、足りないはずのモノでも余ることさえあります。

古森: 分け合えば、余る。

荒木: ところが、支援物資がたくさん入ってくるようになってから、少し雰囲気は変わったように感じました。一部では、「あの人は二つとった」などという声が聞こえてくるようになったのです。

古森: 人間というものに関して、何か本質的なことを示唆しているように思えますね。

荒木: 奪い合えば、足りなくなります。

古森: 分け合えば、余る。奪い合えば、足りなくなる。う~む、なるほど。

荒木: 「ない」状態というのは、言い換えれば「心を隠さなくて良い」状態なのです。「ない」以上、隠しようもないわけです。ところが、「ある」状態になると、人は「心を隠す」ようになります。心を隠せば「やましい」わけです。心にやましいものを持った人が増えていくと、助け合いと思いやりで成り立つ共同体が機能しなくなっていきます。

古森: 「心を隠す」。なるほど・・・。

荒木: 「プライバシー」というものも、似たようなところがありますね。最近はことさらプライバシーという言葉が目に付きますが、隠すものがなければ、本来そんなに問題にはならないことです。戦後になって、お互い自分のことを「隠す」文化が入ってきて、それからおかしくなっていったのではないでしょうか。

古森: 集団の中に「モノを奪う」タイプの人がいると、他の人々も「隠す」必要を感じるという負のサイクルもあるかと思います。いずれにしても、「他人のことを思いやる」「皆で分け合う」という意識が人々から薄れていくと、人の世はどんどんささくれ立って行くのでしょうね。

■ 心を置き忘れてきた文明・・・考え直そう

荒木: 今回の震災で色々なことを経験して、私はやはり「今の文明を考え直すべき時が来た」と感じています。

古森: 文明を、考え直す。

荒木: 例えば家屋です。木造のものは壊れやすいので、今回のような津波が来るとひとたまりもありません。ほとんどすべて、壊れてバラバラになってしまいます。でもそれは、片付けやすいということでもあるのです。

古森: なるほど、たしかにそうでしょうね。

荒木: 一方、鉄筋コンクリートの建物はどうでしょうか。津波で破損して使えなくなったものを壊すだけでも、一棟で何千万~何億というお金が必要だと聞いています。瓦礫になったものでも、処理がたいへんです。

古森: そういえば、不燃性の瓦礫の処理が進まず、陸前高田でも問題化していると聞きました。燃やせる瓦礫のほうは随分と騒がれましたが、本当に処理に困るのは燃やせない瓦礫のほうなのですね。

荒木: 私たちは今、本当の意味の「エコ」を考えなければなりません。出来るだけ再生可能なもの、言い換えれば土に返るもので生活を組み立てていくべきです。今回の震災を見て、そのことに気づかなければならないと思います。

古森: 言葉では色々と言われますが、本当に「エコ」を実現する暮らしになっているかというと、疑問符ですね。自分自身の生活を振り返っても、そう思う部分が多々あります。

荒木: 町の規模についても同様です。密集させすぎると災害が大きくなりますし、回復にも時間がかかります。これくらいの大災害が来ても立ち直りやすいような規模にして、ある程度分散させておくべきだと思います。

古森: 密集していることにより得られる「利便性」とのバランスですね。

荒木: その「利便性」の度合いが問題なのです。今のような鉄筋コンクリートの密集都市の文明というのは、ここ60~70年のことだと思いますが、これはいうなれば「利便性をむさぼりとる生活」だったと思うのです。

古森: 利便性をむさぼりとる・・・。脳裏に突き刺さる言葉ですね。

荒木: 「心を置き忘れてきた文明」とも言えますね。やはり、人間は自然とともに生きるのが一番です。この震災で反省して、新しい文明を作っていくべきです。そのことを世界に伝えるために、神様はこの東北をお選びになったのではないかと思うのです。

古森: 東北沿岸部では、多くの人々が危機意識を持って日頃から避難訓練をしていて、都市の密集度もいわゆる大都市に比べれば控え目でした。それでも、大災害になったわけです。これ、東京だったらどうなるだろうかと思います。

荒木: 東京は、大変だと思いますよ。

古森: 関東大震災の教訓を、現在どれくらいの人が本気で意識しているかと思うと、背筋が寒くなります。昨年の地震は東京でも防災意識を高めましたが、日頃の生活が大きく変化したかというと、そうでもありません。

荒木: 多くの土地がコンクリートで覆われていますから、トイレだってその辺の土を掘って埋めるというわけにはいかないでしょう。山に行って湧き水を汲んでくることもできないですね。大変なことになると思います。

古森: 頭では分かっていても、都市の構造まで変えるということにはなっていません。建物の耐震強度は世界一だと思いますが、関東大震災のように火災の海になってしまったら、どうしようもないでしょうね。個々人のレベルでは、「東京で起きたらひどいことになるが、自分にはどうしようもない」とあきらめている場合が多いと思います。

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■ 支え合いながら生きるのが人間

古森: 結局は、この震災を目の当たりにして、人間として何を思うかですね。さらに言えば、そもそも人間とは何なのか。生きているというのは、どういうことなのか。幸せとは、何か。この震災は、そうした根本的な問いを突き詰めていく契機にすべきだと思います。私はこちらに通うようになって人生観が変わったというか、薄々感じていたものが確信に変わったように思います。

荒木: 人間は皆、不完全な状態で生まれてきますね。宇宙物理学の佐治晴夫先生が言っておられましたが、父母だけで子供を育てるのは無理で、子育ては集団で行うように出来ているのだそうです。集団で助け合わなければ生きていけないという現実が、人間の原点なのですね。

古森: 助け合わなければ、生きていけない存在。

荒木: 子供だって、親の所有物ではないのですよ。「借り腹」と言いましてね、私たちは神様にお腹を貸しているのです。最初から、自分のモノなどないのです。

古森: 「借り腹」・・・ですか。自分のモノを競って集め、心を隠し、奪い合うこととは対極にある考え方ですね。

荒木: 今ここに自分が存在しているということ。この髪の毛一本一本でさえ、色々な命をもらって出来ているのです。その感謝を、忘れてはいけないと思います。私たちは神様が地球に落とした一滴の魂。地球に住まわせてもらっているに過ぎないのです。

古森: 色々と突き詰めていくと、「どのような世界観・価値観を持つか」にたどり着きますね。人間同士が思いやり、支え合わなければ生きていけないという現実を、この震災は語りかけていますね。その震災からのメッセージを、もっともっと、東北から世界に発信して欲しいと思います。この対談も、いずれ英訳して世界に伝えます。

そろそろお時間になりました。荒木さん、本日は貴重なお話をお聞かせくださり、本当にありがとうございました。

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(終)

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