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2011年12月(3/3)

日曜日。いつもは土曜の夜のうちに東京に帰るのだが、今回は高田高校2年生が土曜日まで修学旅行だったので、特別に日曜日の午前中にもスロットを作った。

ところが。

昨日修学旅行先からメールが来て、「疲れきってしまって、3人とも行けなくなりました。本当にごめんなさい」とのこと。
なんか、そうなりそうな予感はあったのだが、やっぱり!それならそれで、時間があるならやっておきたいことがあったので、天の采配と見て予定変更。

とりあえず朝一番に鈴木旅館からNさんを大船渡にお送りした後、Sさんと二人で大船渡の港町を見渡せる加茂神社へ。ここも毎回訪れることにしている場所だ。大船渡は、大被害を受けたが、陸前高田のように町全体が「なくなった」わけではない。行政機能や商業集積も港以外の部分では残っている。

そのせいか、物理的復興の進み具合はここに来て急加速している印象。また、陥没もある港周辺の被災区域でも建物の再興が始まっている。

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再び津波が来れば必ず被害を受ける場所に町を作るべきか。これは重要な判断だ。しかし、大船渡は現状地での再興を決めたのだろう。どんどん電信柱が立ち、建物が建っている。加茂神社の石段を登りきったところにある掲示板には、先月までは身元不明のご遺体の情報などが貼られたままになっていた。今回は、年末年始の行事のポスターに変わっていた。

境内には、大きな津波警報塔がある。昔から何度も津波に襲われた経験が、ここに息づいているのがわかる。
戦没者追悼の石碑に混じって、こんな石碑を見つけた。

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「生きてまた 津浪の土よ 種子おろす」

いつ詠まれたものか分からないが、以前の津波被害の後に、復興の心模様を詠ったものだろう。「またここからやりなおすんだ」という心境が伝わってくる。大船渡の人々は、津波が来る場所と知りながら、その自然の猛威と一緒にずっと暮らしてきたのだ。

危険な場所と知りつつ再興が加速する港の様子を見て、これも「種子おろす」なのだな・・・と、妙に合点がいった。
その石碑から目を上げて空を見たら、大きな虹が見えた。大船渡に虹!Good luck!

陸前高田に戻り、街道沿いの「佐藤たね屋」へ。昨夜教室でお会いした佐藤さんが、ひとり黙々と作業をしているのが見えた。
一瞬、「だれだ?」という顔をされていたが、すぐに分かったようで、「おお、早速来たかぁ」と歓迎して頂けた。

この「I came back!」の文字を見て、海外のメディアが立ち寄るのだという。

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もともと店舗があった場所。何もかも全部なくなってしまい、周囲の人々も多くがお亡くなりになったそうだ。佐藤さんもそのとき市街にいたのだが、本当に運の綾で助かったと・・・。

ここに来る様々な人たちが、それぞれに何か苦しみや悲しみを抱えていて、佐藤さんと話しているうちに泣き崩れることも多いらしい。
積まれた亡骸の山。亡骸の水洗いの様子。当初の絶望。復興への思い。そして、自力での仮設店舗の構築。これまでのご苦労などを色々とお話し頂けた。

佐藤さんは、以前は某食品メーカーでトマト類の研究開発のような仕事をしておられたようだ。その腕を持ってIターンされて、種苗家として活躍。ナス科の品種をまたいだ接木の手法(例:ナス+トマト2種)で独自の技術と論文があり、その論文が海外でも引用されたりしている。すごい人だ。

菜園家のはしくれである僕は、佐藤さんが見せて下さった震災前の様々な作品の写真の意味がそれなりに分かった。ほんとうにすごいことをしておられたのだ。
台湾の報道番組に登場したカットも動画で拝見した。英語で、非常に強いことばで、被災の苦悩と復興への思いを語っておられる。

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今後、そうした機会にもっともっと伝えたいことがあるから、英語をやるんだ・・・ということ。
ご自身で言いたいことを書き出して、英作文して、それを補正してもらって音読会のテキストにしたい・・・とのご提案があった。
もちろん、そのご提案は当方としても真剣にお受けした。ぜひ、それを手伝わせていただきたいと思う。

今回同行のSさんが、メールべースで連絡をとりながら、次回の音読会までの間にテキスト作成を担当して下さることに。Sさんも、佐藤さんの熱意に強く感銘を受けていたようだ。
去り際に、チンゲン菜、ほうれん草、レタス類の混植の苗を4つづつ購入。ちょうど、こういうサイズの苗を探していたのだ。これなら、12月からでもまだトンネル栽培できる。

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最後に、竹駒の畑へ。Oさんが所有地を仮設住宅の方々に無償で貸して菜園にしている場所。毎回ここに来て、その時畑に出ていた人と写真を撮るのが「お決まり」。

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後から写真を人数分送るのだが、最近は野菜だけの写真も好評なので、今回も数枚激写。白菜が完全に冬支度になっていたのが、季節感をヴィヴィッドに伝えていた。

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去り際に、Oさんがぬっとビニールの包みを差し出して、「これ、もってけ」。Oさんが作った野沢菜だ。昨夜、夕食の際に浅漬けで頂いて、とっても美味しかったやつだ。
包みを開けたら、こんなにあった(汗) しばらく食べられそうだ!

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往復1,100キロ、18時間。今回も新しい出会いがたくさんあり、既知の方々ともそれぞれに縁が深まった。とても充実した訪問になった。人生日々決算。この週末の訪問は良い決算。

東京に戻って長男D(小4)と風呂に入って、ヤツの背中を見ていた。
被災地で現地の方々と過ごしていると、数千人の命が失われた悲しみが、今もそこら中に充満しているのを感じる

今目の前で肉親が生きているということ。それがいかに得がたいものであるかを、感じずにはいられない。自分が生きているということ自体、もうすでにラッキーなことだ。文字通り、「有り難い」ということだな。本当に、そうだ。

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