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2012年1月(1/2)

昨年11月に始めた毎月一回の「Komo’s英語音読会@陸前高田」。2012年初回となる1月の会を1/14(土)に開催。
今回は、助っ人で3名の友人が参加。いつもは往復1,100キロをひとりで運転するので疲れるが、仲間で交代しながら運転すれば疲労も少ない。有難い!13日(金)の朝、6時に新宿駅で3人をピックアップ。一路東北道へ。福島あたりはかなり雪が降っていたが、沿岸部に近づくにつれ空は晴れに戻った。
9月から毎回、こちらに来る時はまず気仙沼に寄ることにしている。毎月変化があるし、逆に何ヶ月たっても変化しないものもある。

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変化の象徴のひとつは、「気仙沼復興商店街」。昨年のクリスマスイヴにオープンし、各種メディアなどにもとりあげられた。50店舗あまりが仮設の建屋で営業を再開!
ここに入っている喫茶「マンボ」は、ラーメンが美味しいということで震災前の気仙沼では有名なお店だったらしい。

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チャーシューメンを注文。口にしたらすぐに分かる「魚系」のスープ。甘味があってオイリーで、しかし、しつこくない。お世辞抜きに美味しい。

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マンボの後は、コロッケ屋さんで「コロちゃんコロッケ」を食べた。お店の人たちの笑顔がとても印象的だった。
まだまだ経営的には厳しいに違いないが、やっぱり、建物があって、売り物があって、お客さんが来て、とにかく前を向いて・・・ということが大事なんだ。その後、陸前高田方面へ。これもいつものコースなのだが、鹿折地区の第18共徳丸の脇を通って行った。

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この船を残して津波の恐ろしさを伝えるモニュメントにするか、忌まわしい記憶を呼び覚ますものとして撤去するか。地元では議論が分かれているようだ。
陸前高田ではとりあえず一本松のあたりを案内して、先に大船渡へ。毎回大船渡にも行くことにしている。チリ地震の際の津波句碑がある加茂神社に必ず寄る。加茂神社の鳥居前から見渡した大船渡沿岸部。大船渡は変化の速度が速い。毎月来るごとに仮設店舗などが増えていく。12月からはセメント工場の煙突に白い煙が戻った。

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賀茂神社で参拝して諸事祈願し、夕暮れになる前に陸前高田へ。「津波最前線の店」「I came back!」の看板で有名な「佐藤たね屋」に寄って佐藤さんにご挨拶。独力で資材を工夫して組み上げた育苗ハウスが、ほぼ完成していた。佐藤さんの復興にかける決意とエネルギーはすごいものがある。この人は燃えている。

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ハウスの中は、厳冬期の育苗のため断熱・保温・加温の仕組みが手作りで装備されていた。うちの菜園の苗は、今後できる限り佐藤さんから買わせて頂くことにする。春が楽しみだ。

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鈴木旅館にチェックインして早風呂を浴び、音読会会場スペースの現況確認をして、Oさんの仮設住宅に向かった。途中、仮設のスーパーMAIYAで食材を購入。陸前高田に来た時は、ほぼ毎回Oさんのところで一緒に食事をさせて頂く。音読会の会場になっている「とうごう薬局」の敷地はOさんの自宅跡。

Oさんは、音読会に関して色々な面で協働して下さる。参加者の英語力向上はもちろんのこと、人々が集まる機会、将来を考える機会になれば・・・というのもOさんの願いの一つ。意を決してここに通い始めた以上、僕はその願い(= 期待)を裏切るようなことは絶対にしてはいけない。月に一度の訪問中、限られた時間と空間の中でベストを尽くす。

一緒に来た友人3名とOさんとの5名で鍋を囲んだ。最近の陸前高田事情、復興関係の動き、各種課題やニーズ、支援仲間の動きなどを情報交換・意見交換。旬のワカメ・シャブシャブや地元のお漬物なども楽しんで、寒い夜の会話は弾んだ。一緒に来た友達にとっても、現地の事情を直接知って頂く良い機会になったに違いない。

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凍える夜道を鈴木旅館に戻り、4名で明日の音読会へ向けた準備討議。複数の生徒さんが平行して来た場合の担当と使用教材の確認などを綿密に行った。3名とも英語バリバリで、仕事が出来て、被災地のことを考えていて、人間としてもリスペクトできる人たち。この音読会のボランティア講師陣としてはまさに最適だ。

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