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2012年5月

この週末は、月に一回の「Komo’s英語音読会@陸前高田」。

今回は、ボランティア講師の仲間5名とともに。3月以来2ヶ月ぶりのTさん。仕事の同僚&もと同僚のAさんとFさん。そして、昨年11月にバルセロナで縁の出来たYさんとWさん。往路は、いつものように気仙沼経由で陸前高田へ。5名中4名は初めてこちらのほうに来るので、気仙沼~陸前高田の被災地を案内して、文脈を共有。

気仙沼では、これまたいつものように復興商店街の「喫茶マンボ」と「揚げたてコロッケ屋」へ。それから、刃物屋さんに寄って草刈の鎌を買った。いいものがあった。

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震災からちょうど1年と2ヶ月。被災エリアのあちこちで、亡き人々に花を手向ける姿があった。毎月11日になると、色々なところで祈りが捧げられている。

多くの方々がなくなった陸前高田の市民体育館。入り口の献花台に花を置いて、独りで体育館の中や周囲を歩き回る40歳前後の男性を見かけた。ふと、その方はお子さんをなくされたのではないか・・・と感じた。なぜか分からないが、そう感じた。雨が降っていた。
教室は、いつものように土曜日終日~日曜日の午前中まで。

土曜日は、朝一番に「佐藤たね屋」の佐藤さんが来られた。英文で綴った震災手記、「The Seed of Hope in the Heart」は、最初に作った300部がほぼ完売状態。さらに購入希望者がいらっしゃるので、増刷することになった。これを機に、佐藤さんは内容面でも若干の改訂・追加を予定。その内容の趣旨確認や添削をさせていただいた。

教室は、その後すぐに忙しくなった。

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今回は、好きな英語の歌の歌詞を音読教材に選んだ方がおられた。カーペンターズの「Yesterday Once More」。
歌詞を音読しつつ、語彙を確認。そして発音の補正。L, TH, F/V など日本人が典型的に苦手な音に的を絞って練習。そして、一緒に何度も歌った!教室に歌声♪

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小6の終わり頃から英語の絵本を音読に使っている中1のYちゃんは、ここ数ヶ月で大きく進歩。文法よりもまず音読+語彙充実で自信がついてきたかな。他にも、ハリーポッターやダレン・シャンの洋書を少しづつ読み進めている小学生たちがいる。

数ヶ月かかって1~2ページ進むようなペースであっても、自分で語彙を調べながら音読を続けていけば、きっと何かが変わる。
少なくとも、日本の小学校高学年の英語に対する関心や自信の平均値をすでに超えているのは間違いない。

被災地の現実は厳しいが、勉強で前進しているこの子達の将来はきっと明るい。また、そうなるように、僕らは「種まき」に微力を尽くす必要がある。全般的に、子供たちは進歩が目覚しい。月に一回の音読会だが、やはり継続することで日ごろの学習にも少しづつ好影響が出ているのではないかと思う。

お昼には、とうごう薬局脇の通称「ママハウス」でOさんと合流してランチをご一緒させていただいた。おりしも、この週末が母の日。
多くの人々から「陸前高田の母」として慕われているOさんに、3月のボランティア講師チームとパートナーの浜田さんから、それぞれ蝋梅の苗、木瓜の苗をサプライズで贈呈。

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いずれの苗も、Oさんの敷地内に植樹された。

午後も引き続き忙しかった。13時からは、NIKKEI WEEKLYの記事を活用した音読コース。やっていることは音読→語彙確認→発音補正→音読で変わらないが、内容はやや大人向け。

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中高生は、おもに教科書や問題集など、日ごろ使っているものを材料にして
音読→語彙確認→発音補正→音読を実施。

それを基本パターンにしつつ、人によって個別に課題は違うため、柔軟に対応させていただいている。

音読会の場ではなく、「日頃どういう勉強をしたほうが良いか」などについても、適宜アドバイスを提供。まあ、その通りやっていただけるかどうかは、ご本人次第だけど・・・。

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夜は、ボランティア講師一同でOさんの仮設住宅に集合して、食事をご一緒させていただいた。毎月の恒例だが、Oさんとの交流を楽しみにしているボランティア講師は多い。

急遽、東京から奥田さんも駆けつけて、夜が更けるまで皆で色々な話をした。

日曜日の朝。ご家族3人で教室に来られる方のアポイントメントは10時~なので、ボランティア講師3名を連れて早朝に大船渡へ。沿岸部を案内して、加茂神社にお参りした。

三陸銘菓「かもめの玉子」の「さいとう製菓」さんの被災社屋。

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先日対談をお願いした齊藤専務さんが、この建物を「津波博物館」のような形で保存し、後世に津波の恐ろしさを伝える計画のことを話しておられた。
(ご参考:「復興対談シリーズ~Talk for Recovery~(第1回)

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多くの被災地で、被災建物を「モニュメントとして後世に残すべき」という意見と、「現地の心情に照らして撤去すべき」という意見の両方がある。

その両方に一理あるし、理解できる。これはよそ者が決める話ではなく、現地の意思決定だ。ちなみに、大船渡の賀茂神社にそびえる「津波警報塔」の台座には、こんな碑文がある。

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災害の記憶を後世に伝え、後世の人々が常時対応行動をとれる状態に維持していくというのは、難しいことだ。

人は、「忘れることができる」から生きていけるような面がある。一方、「忘れる」から後世の人には十分に伝わらず、歴史が繰り返すという面もある。

では、東京はどうなのか。我が身のことに置き換えて考えてみる。やっぱり、関東大震災の教訓が僕の日々の暮らしの中に生きているとは言いがたいことに気づく。

加茂神社で参拝を終えて、なお7時を少しまわったところだったので、碁石海岸のほうに車をまわした。

末崎~碁石のあたりは、これまで車で通ったことは何度かあるが、車をとめて海を見下ろしたことはなかった。

名勝、碁石海岸。ビジターセンターの下の展望台から、海を臨む。切り立った崖から見下ろす海は透明度が高く、そして深い。

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忙しい音読会とは別日程で来て、半日くらいここで海を眺めていたい・・・。

陸前高田~大船渡近辺に行く方は、是非一度!一見の価値あり!

急ぎ足で碁石海岸を後にして、小友のほうからアップルロードを通って陸前高田へ。予定した8時キッカリに到着。そのうち、このあたりの観光ガイドになれるのでは?(笑)

と、今朝参加予定のご家族が急用で来れなくなった・・・という知らせ。あらら、仕方がない。ともあれ、Oさんと一緒に朝食をいただき、帰り支度。

帰路につく前に、竹駒のとうごう薬局前で記念撮影。

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「Komo’s英語音読会」は、被災地に「物資」ではなく「講師」を運ぶ活動。ボランティア講師には、英語力は当然として、人間性が求められる。

毎回、良い縁に恵まれて充実した講師チームが組めていることに心から感謝!

とうごう薬局周辺は、Oさんやボランティアの方々がこれまでに植えた花がたくさん咲いている。ここ数週間は菜の花とチューリップが綺麗だ。

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とうごう薬局裏手の畑は、Oさんが付近の仮設住宅の方々に無償で提供している。多くの人々の趣味と実益を兼ねた団欒の場になっている。

ここに畑があることで、多くの人々の生活に潤いや前向きさが生まれていると感じる。素晴らしいなぁ。

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畑に来られる方々の中にも、だんだん顔見知りが多くなってきた。こうして縁が広がっていくことが、ただ純粋に嬉しい。

音読会に参加されているYさん家にちょっとお声をかけたら、なんと手製のチーズケーキをいただいた。嬉しいなぁ。

11時頃に竹駒を後にして帰路についた。アップルロードのマイヤでお土産物などを買い、今泉の「にじのライブラリー」へ。被災した今泉天満宮の境内。

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友人の荒木さんにちょっと声をかけて・・・と思って寄ったのだが、「ちょっと」じゃなくて「しばらく」おじゃますることになってしまった(笑)

先日読んで感銘を受けた、「光に向かって 3.11で感じた神道のこころ」(川村一代、晶文社)の第1章で大きくとりあげられている、月山神社・今泉天満宮の荒木タキ子宮司夫人。

僕の友人の荒木そう子さんのお母様だ。本を読んで以来、「お会いしたいなぁ」と思っていたところ、今日ライブラリーでお会いすることが出来た。

この方のお話には、心を動かされるものが多い。今度あらためてお話を伺いに行くつもりだ。この人の話は、多くの人に伝えなければならないと思う。

そして、「ケアリングクラウン」として活動しておられる、「トンちゃん」こと石井裕子さんご一行にもお会いした。すごいご縁だ。

素敵な写真本「トンちゃん一座がゆく」を購入させていただき、サインを書いていただいた。宛名は、「古森さんへ」じゃなくて「つよしくんへ」。いやぁ、子供の心に戻りました。。。

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この石井さんのお顔を見たとき、「あぁ、ここに神様が来ておられる」と感じた。偶像的な神という意味ではなく、内面に暖かく清らかな何かを持って活動されている人、ということ。

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荒木さんといい、石井さんといい、「ああ、日本にはまだこんな人がおられたのか・・・」と、ハッとさせられる何かをお持ちの方々。よくもまあ、こんな一瞬でお会いできたものだ。

この人たちに比べると、僕の心はまだ小さい。似た方向には動いていると思うけど、まだまだ小さいし、練れていない。

こういう人たちにお会いできるというのは、ほんとに幸せだなぁ。なんて運がいいんだろう。

昨年から今に至る、陸前高田という土地と自分の縁、そして音読会を軸にして出会った方々との縁のことなどを思いながら、峠を越えて一関へ向かった。

新緑がまぶしく、何か別世界に入り込んだような気がした。いや、僕はすでに昔の自分とは別の世界に来ているのかもしれないなぁ・・・。

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