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ゴールデンウィーク前半は東北へ① 南三陸~大船渡

ゴールデンウィーク前半の3連休は、ひとり東北に向かった。南三陸、大船渡、陸前高田をまわり、毎月の「Komo’s英語音読会」の際には会えていない人にお会いしたり、縁を深めたい人と話し込んだりするのが目的。

4月28日(土)

早朝3時半に起床。連休初日、渋滞がこわいので自宅から東北道那須高原SAまでノンストップで一気に走った。その後も車は順調に流れ、10時過ぎには三陸道を降りて「道の駅 津山」で一休み。こっちのほうは、今が桜の盛りだ。

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ここまで来れば、最初の目的地である南三陸はもうすぐ。
午後一番に伺う予定だったが、午前中のうちに到着してしまった。

「自然の家」の敷地内に設置された仮設住宅にお住まいのHさんは、僕が支援物資を送っていた際のとりまとめ役だった方。「一回行くからね~」といつも電話で話していたのだが、結局一度も行けていなかった。それで、今回真っ先に訪問。

ちょうど編み物サークルの時間帯だったので、そのお部屋におじゃまして2時間くらい色々とお話しした。このサークル、「自然の家母ちゃんクラブ」という名前がついており、通称「SKC」という。格好いい!

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震災にまつわる厳しい現実の話などを時々織り込みながら、おもに編み物の話で盛り上がった。すでに、SKCの編み物はボランティア団体などを通じて東京のフリーマーケットなどで売れているらしい!すごいなぁ。

先生役のMさんは、もとは和装の手仕事をしていた方。要は、着物を縫っていたんですね。その技を生かした編み物、さすがにレベルが高い。実際に手にとって見ると、単に技術的なものだけではく、全体の質量感のようなものが感じられる。

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Hさんも、ここで色々と作っておられる。ちょうど、毛糸ではなく布紐を使った大きな玄関マットのようなものを作成中だった。なんと、これをお土産に頂いた!僕の場合は、これは玄関マットではなく車に積んで背当てにしたり、くるくると丸めてSCで仮眠する際の枕にしたいと思う。形状を変えれば多目的に使える便利な一品。

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このSKCの作品は、きちんとストーリーをつけてプロデュースすれば、フリーマーケットじゃなくて高付加価値の手工芸品として売れると思う。実際、手にとってみるとスゴく良いものだと分かる。「やっぱり日本人はモノづくりの天性があるんだ!」と、あらためて思った。

フリーマーケットだと、最後は100円で「もってけ」状態になる場合もあるらしい。う~ん、もったいない。もっと価値の高いものだと思いますよ、これは。

現金でその場で買い付けたらどうだろうか・・・。在庫負担はこちらで持つ形。そのほうが、多少なりともHさんたちの生活のお役にも立てる。陸前高田でも毛糸の作品を作っている人はたくさんいるし、東北は手工芸品の天才の宝庫だ。作品を発掘して付加価値を可視化し、それを世につなぐお手伝いというのをやってみようかなぁ。

ということで、「また来るから!」ということになってしまった。その場仕入れのアイディアをちょっとお話ししたら、Hさんも乗り気。それが張りあいになるんじゃないかとも思う。水の質が悪くて苦労されているということだったので、持参したミネラルウォーターの箱をお渡しして、”See you!”

ああ~、困ったことだ。また行く場所が増えてしまった。

そうなりそうな予感がなかったわけではないが、やっぱりそうなったか。まあ、これも神の采配なんだろうな・・・。神様はほんとに、僕をどこに連れて行こうとしておられるのだろう。

45号線にもどり、南三陸の旧中心部を抜けて気仙沼方面へ向かう。

ここも景色はまだこんな感じだ・・・。基礎の破砕が終わっていない場所がけっこう多いので、瓦礫撤去の作業プロセスとしては、大船渡や陸前高田よりも進みが遅いというイメージ。先は長そうだ。

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今日は大船渡で大事なインタビューがあるので、ランチはあまりゆっくり出来ない。とはいえ、やはり45号線を通って北上するのに、「気仙沼復興商店街」に寄らなかったらバチがあたるというものだろう。そんなことは神様がお許しにならない。

手軽さを重視して、今日は喫茶マンボには寄らず、コロッケ屋さんのみでランチ。

メンチカツコロッケ、カマンベールコロッケ、それに海老カツバーガーも。ついでに、レジ脇で売られていた南三陸~気仙沼の震災前をしのぶ写真集も購入した。

同じ趣向の写真集の陸前高田版や大船渡版は持っているが、こういうのはよそ者には有難い。何しろ震災前に来ていないので、往時をしのぶにはこういう写真集が頼りだ。

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食後、鹿折のほうを抜け、再び45号線へ向かう。

さすがに連休だけあって、第18共徳丸の脇にはたくさんの訪問者の姿があった。地元の人々には複雑な思いだろうが、震災のモニュメントがあることで外地から人が来ていることも事実だ。復興は、やはり全体感を持って考える必要があると思う。
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途中、陸前高田にちょっと寄って旧市役所~体育館周辺を見た。もう何度来たことだろうか。6月にはこの一帯も取り壊しが始まるということだ。今日は、外地からのナンバープレートが多い。ところどころで、立ち尽くす姿・・・。

市民体育館周辺を歩いていたら、あちこちに咲いたタンポポがきれいだった。命というのは、とにかく前を向いて、脈々と、コツコツと、しかし、しっかりと進んでいくものだなぁ。花も空もきれいだ。生きているっていうのは、それだけでもう、すごいことだなぁ。
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大船渡へ。今回の宿は、県立大船渡病院のそばにある「とりい荘」。陸前高田の鈴木旅館にちょっと似た雰囲気もある、年季の入った温泉宿。先にチェックインして、夕刻のインタビューの準備など。

お会いするのは、あの三陸銘菓「かもめの玉子」を作っている「さいとう製菓」の齊藤専務だ。これまで直接お会いしたことはないのだが、被災地復興関連でfacebook上では「友達」に入れていただいている。

はなそう基金の活動の一環として、被災地復興に現場で取り組む人々との対談シリーズを開始する。それを英訳して世界にも発信する。「この人素晴らしいなぁ~」「この人の活動を知って欲しいなぁ~」と思う人にご登場いただく。齊藤専務は、その第一弾。

大船渡駅の近くにあった、さいとう製菓さんの配送拠点は津波に完全に飲まれた。その映像は、齊藤専務ご自身が撮影したものがDVDになっており、僕も何度も見た。しかし、さいとう製菓の本社機能と工場は、かなり山の中に入った場所にあり健在だ。

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齊藤専務は、ほんとうに温厚な印象の紳士。

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でも、復興の課題や今後のアクションの話になると、とても強い思いがあって、それが言葉にも滲み出してくる。
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今後の活動に関しては、僕自身も何かサポートできるかもしれない・・・と思う部分もあった。対談の内容は、別途対談記事として編集し、齊藤専務や先方広報のレビューを経て公開予定。乞うご期待!!

夕食は、「とうごう薬局」の大船渡店の管理薬剤師をしているNさんと大船渡の「千秋庵」にて。なかなかいい感じの店。蕎麦屋さんだが、刺身、てんぷら、釜飯など色々ある。車なので、飲めないのが残念・・・。
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Nさんは「Komo’s英語音読会」にも参加しておられるが、そもそもの縁の始まりは物資支援活動。2011年4月から一年間続けた毎週の物資支援活動、その最大の受け入れ窓口になって下さったのがLOTS災害支援団体(この春に内閣府認定のNPOになった)。

Nさんは、LOTSのリーダーである富山さんが2011年7月に陸前高田に開設した「とうごう薬局」の管理薬剤師として東京から現地に来ていて、物資の受け入れ作業や仮設住宅への配布もやっていた。今は、おもに2号店である大船渡店の仕事。

少し前に大船渡に引っ越されて、完全コミットメント体制。20代女性薬剤師、ご本人もまったく予定していなかったキャリア展開。この人のストーリーも、いずれ対談シリーズでとりあげさせて頂くことになっている。

いろいろと情報交換させていただき、はなそう基金の今後の活動にも現実的なヒントをいくつか得て、宿に戻った。長~い一日、ようやく終わりつつある。このあたりの名物ともいえる「雪っこ」というコップ酒を買ってきて、静かに一日を振り返った。

動けば動くほど、さらに会うべき人、行くべき所が増え、やるべきことも増える。そりゃ当然だ。でも、今は直感が導くままに動こう。

この先の人生と、今自分がやっていることがどう絡むのか、まったく分からない。ただ、今は直感に従うことが自分の人生にとって正解だということは、100%間違いない。これまでもそうやって進んできたし、この先もそうするつもり。

寝ます。おやすみなさい~。

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