ブログ

はなそうツアー(2013年3月30日~31日)2日目

「はなそうツアー」2日目(日曜日)は、午前中に大船渡へ。

しかし、まずは朝一番に温泉で目覚まし!今回宿泊した気仙沼プラザホテルは、24時間温泉に入ることができます。夜間は露天風呂が閉まりますが、朝は露天風呂も使えます。港を見下ろす露天風呂で、雲の向こうのぼんやりとした朝日を眺めました。

風呂上がりに、屋上へ。屋上は360度の展望が開けていて、気仙沼港周辺の全体像を見渡すことができます。

南町方面。左奥の方に見える地面の露出したあたりが、被災した南町です。ここにあった商店街が入っているのが、気仙沼復興商店街(南町紫市場)。いつも「Komo’s英語音読会@陸前高田」の往路に昼食をとる場所です。

右手の山のふもとにある、カマボコ屋根の建物が気仙沼女子高等学校、通称「気女」(けじょ)。2013年度で閉校になってしまいます。

20130331 01 kesennuma view

鹿折方面。奥の方までずっと、被災エリアが広がっています。結局解体の方向に動き始めた「第18共徳丸」は、左手の山のさらに奥のほうにあります。このあたりは、基礎などの震災遺構がまだたくさん残ったままになっています。

20130331 02 kesennuma view

お向かいの唐桑半島の方向。ここだけ見ると、漁業の町気仙沼のイメージ通りかもしれせんね。遠洋漁業の船でしょうか、かなり大きめの船がいくつかドック入りしていました。

20130331 03 kesennuma view

そして、さらに右のほうに目をやればリアスの深い切れ込み。外洋は、このかなり先の方になります。写真には写っていませんが、右手の方には、広大な被災エリアが広がっています。

20130331 04 kesennuma view

水産関係の施設などは、以前に比べれば増えてきたように感じます。それだけでも、個々の現場では大変な労力を要したことでしょう。しかし、港全体としての機能は回復には遠く及ばず、まだまだ先が長いという印象です。

それぞれの方向を眺めながら、あの人、この人・・・と、縁あって気仙沼で出会った方々の顔を思い浮かべていました。私は、被災地全域に対して何かすごいことが出来るわけではありません。でも、一つひとつの縁をずっと大事にしていこうと思っています。

日本には1億人以上の人がいるのですから、大きなことでなくても、一人ひとりが少しずつ、やれることを末永くやり続けて行けば、沿岸被災地数十万人の苦労をやわらげることは可能だと思います。縁を感じて生き、小さいことを継続していこうと思います。

さて、大船渡へ。鹿折を抜け、再び45号線を北上。三陸道から大船渡・碁石海岸の出口を下って、ホテル丸森前へ。ここからの大船渡湾口の景色は、私が大好きな景色の一つなのです。この日はあいにくの曇り空でしたが・・・。

20130331 05 ofunato

その後、まずは賀茂神社へ。

20130331 07 kamo2

今回ツアーに参加したお二人は、英語音読会のボランティア講師なのですが、実はこれまで大船渡には来る機会がなかったのです。賀茂神社境内に残された過去の津波の記録、そして賀茂神社から見渡す被災エリアの説明などをさせて頂きました。

20130331 06 kamo

ここからの眺めも、来るたびに少しずつ変わっていきます。

賀茂神社から、さらに港周辺を縫うように走って、被災エリアの現況を視察。大船渡駅跡のそばにある、津波の時刻に止まったままの時計は、まだそのままありました。そして、「かもめの玉子」の「さいとう製菓」さんの被災社屋へ。

20130331 08 kamome

こういう生々しい光景を伝える遺構は、少なくなってきました。ここは津波博物館の一部として保存する計画があるのですが、さいとう製菓の齊藤専務の直近のお話では、経済的事情で保存が難しくなっているようです・・・。

改めて津波の凄まじさを感じた後、赤崎方面へと車を走らせました。目指すは、さいとう製菓さんの中井工場施設内に仮オープンした、「大船渡津波伝承館」。10時から、齊藤館長(さいとう製菓の齊藤専務)に映像+解説のプログラムをお願いしてあったのです。

大船渡津波伝承館入り口。「あなたに助かってほしいから」というのが、この施設の運営に込めた齊藤さんたちの願いです。本当に、そう思っていらっしゃるのが良く分かります。

20130331 10 denshoukan

プログラムは、室内の展示写真などを拝見した後に、まず映像。齊藤さんが、地震の揺れがまだ続いている社屋の中で、「津波、来る。逃げて。」と社員の方々に行ってまわるところから動画は始まります。

社屋脇の水路で、狂ったように飛び跳ねる無数の魚・・・。明らかに、異常なことが起きているのが分かります。そして、すぐ近くの高台から様子を見守る齊藤さんのカメラの前に、だんだん海が押し寄せてきます。

あっという間、時間にして数分でしょうか。家が流れ始めたと思ったら、すぐに目の前の町は天井まで海に沈んでしまいました。カメラをまわす齊藤さんの叫び声。ご自身でも、そのときのことはあまり思い出せないそうです。

20130331 11 denshoukan2

映像の後、豊富なスライドを投影しつつ、震災後の危機的状況における日々の暮らしのこと、亡くなったお身内を探して山を越え歩いて行ったこと、そして、遺体安置所で損傷の激しい幾多のご遺体の姿を見たことなど、切々とお聞かせ下さいました。

地元の語り部の方による講演の映像も、あわせて見せていただくことができました。往路に賀茂神社に寄っていたため、いくつかの映像や画像は視点が同じものもあり、余計に臨場感がありました。

大船渡津波伝承館。ほんとうに、多くの方々に訪れて頂きたいと思いました。平素からの防災、そして発災後の対応について頭で考えるよりも、ここに来て1~2時間齊藤さんのお話を聴いたほうが、体感する学びの効果は高いと思います。

津波伝承館を出ると、雪が降っていました。昨年も、4月の音読会で陸前高田に来た際に、ちょっとした吹雪に見舞われました。沿岸部は比較的暖かいとはいえ、まだまだ、こちらは春本番とはいきません。

陸前高田に移動し、再び「佐藤たね屋」さんへ。ツアー参加者の一人が、昨日目をつけておいた苗を購入。色々考えた上で、スティックセニョール(茎ブロッコリー)の苗に決めておられました。

佐藤さんと、育苗ハウスの中でしばし歓談。。。ベランダ菜園でブロッコリーを作るには、どうしたら良いか。鉢の大きさ、土の条件、肥料は、水は・・・などなど、野菜談義に花が咲きました。佐藤さんと野菜談義、私にとっては陸前高田に来る楽しみの一つです。

20130331 15 sato-san

佐藤さんのお店の前に、新しい看板が!まもなく印刷が仕上る、「The Seed of Hope in the Heart」第3版のことが、念頭にあるのでしょう。ぜひ、多くの人に読んで頂きたいと願います。

20130331 16 sato-san entrance

その後、これも昨日に続いて竹駒の「ママハウス」へ。ここが旅の最終立ち寄りポイント。なんと、Dr.高橋もたまたま来ておられました!お隣の「とうごう薬局竹駒店」は、まさに最終日。これまで支えて来られた薬剤師のTさんにご挨拶して、少し立ち話させていただく機会も持てました。

2011年9月、この場所に来て最初に物資の配布に出かけた際、このTさんと一緒でした。懐かしく、また寂しいですが、最後の最後にお話しできて良かったです。ママハウスの中で、しばしOさん、高橋さんとお話しして、置いてあったオニギリを食らい、帰路につきました。

矢作から一ノ関に向かう峠道を越えて行き、一ノ関から18時過ぎの新幹線に乗り、20時台に東京駅に到着しました。皆それぞれに、色々な気づき、思い、縁、運命などが交錯する濃密な小旅行となりました。

(終)

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る