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被災地での明るい兆し(2/2)

土曜日の今日。5時に起きて熱~い温泉に入り、早速高田市街地方面へ。先月も行った場所に、また行ってみる。何をするわけでもない、行きたかっただけだ。地元スーパー「MAIYA」の廃墟。ここも是非モニュメントとして残して欲しい場所だ。早朝の静寂の中、風の通り抜ける音が雄弁に「何が起きたか」を語る。

危ないから本当はいけないのだが、建物内部に入ってみる。高田市街地の瓦礫はずいぶん片付いてきたが、ここにはまだそのまま残っている。

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瓦礫の中で、色々と考える。起きたことの意味。自分の存在意義。何をすべきか。何ができるか。相変わらず、地面に残された子供関係のものが目に入る。アンパンマン。小さな子供の靴。この子達はどうなっただろうか・・・。

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でもやっぱり、高田にも明るい兆しがある。一本松のほうに行ってみると、まず気仙中学校前の堤防が積み直されている真っ最中。おお~、何か希望を感じるな。

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そして何よりも感銘を受けたのが、海そのもの。子供時代に海にまみれて育った僕には、海の色とか匂いとかだけでも海の様子が分かる。先月はどろどろだった水が、透明感を増している。アオサが新しく生えている。ボラが水面を元気よくはねている。海鳥が魚を捕食している。

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目をつぶって風の匂いをかいだら、普通に磯の匂いがした。7ヶ月を経て、海が生き返っているなぁ・・・。すごい。

その後、大船渡へ。

乗り上げた船は、まだ住宅街の中にある。なんとなく、だんだん馴染んで来ている感もある。これも、モニュメントで残して欲しい。

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賀茂神社の階段を上って、大船渡の港方面を見渡す。まだ時間がかかりそうだが、先月よりも建物の撤去は進んでいる。手前にはボランティアの集団が見える。

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賀茂神社で、参拝。

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陸前高田に戻り、「佐藤たね店」で菜の花の種と雪菜の苗を購入。菜の花は、Oさんが欲しがっていたので。苗のほうは、持ち帰ってうちの畑で育てる。

この種屋さんは、震災後かなり早い段階から店を開いている。店が明るくて好きだ。

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竹駒町にもどり、昨日Oさんから頼まれていた花壇の整備。この花壇は、Oさん個人だけのためにあるものではなく、話せば長くなるが、色々な人のためにあるもの。

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終わりに近づいた夏の花を丁寧に抜く。津波が運んできた海の砂で土地がやせているので、抜いた花の根っこだけを切り取って刻み、花壇に鋤きこんだ。少し有機質を入れないと。

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そして、昨日Oさんと一緒に買ったパンジーを定植。花壇のもう半分の畝に植えられた水仙の畝には、培養土をかぶせた。朝日を受けてパンジーが美しい。

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スタートが早かったため、午前中早い時間に作業が終わった。鈴木旅館に戻って一風呂浴びて、花壇のほうに戻ったらOさんが来ていた。

またひとしきり話し込み、Oさんの義理の弟さんにも何故か話す機会を得た。明らかに運命としか思えない速度で縁が広がっている。災害支援仲間のNさんとも、臨時で立ち話的ブレーンストーミング。今後の僕の支援活動について現実感をさぐる。

とりあえず、試行錯誤を始められそうだ。

で、何をすることにしたかというと、被災地の中高生向けの英語学習支援。今年の春に「英語は音読だけでいい!」という本を出版して以来、企業勤務のオトナ向けには何度も関連セミナーを実施してきた。社会人向けとは味付けを変えなければならないが、もともとは僕が高校生の頃に我流で始めた勉強法。中高生世代にきっと伝えられると思う。

被災地の復興の将来を考えていくと、やはりどうしても県外、そして国外からの訪問者をエコノミクスに取り込んで行く必要があると思う。

被災地こそ、日本でもっともグローバル化を意識して人材を作って行くべきだ。いずれ被災地にモニュメントとして船や建物が残されるようになれば、観光の目玉になる。海外からも必ず人が来る。そのときに、地元に英語人材がいなくてどうするのか。サービスのソフト面が伴わなかったら、訪問ディマンドがあってもお金にまで転化されない。

毎月一回行くので、その際に英語勉強法のセッションを無償でやろうと思う。最初は勉強法を教え、その後は毎月の訪問時に音読の宿題を絡めてサイクルを持たせる。いずれガイジンさんも連れてこよう。そういう流れが定着していけば、被災地の若者に将来への意欲が湧くし、ガイジンの訪問者は旅館や小売業にお金を落としてくれるだろう。

被災地復興における英語人材育成の部分を、僕の人生の一部をコミットしてやってみるつもり。一般財団法人を設立したほうがやりやすければ、それも自分で300万円入れて立ち上げる(法による最低基金が300万円)。

僕は外資系企業の日本法人の社長なので、兼業規定が厳しい。原則、他の組織や団体の役職にはつけないことになっている。しかし、被災地支援の目的で、かつ、非営利の段階であれば許可するという承認を、すでにアジア太平洋地域のプレジデントからもらっているのだ。

必要になったら、速やかに一般財団法人を立ち上げる。いずれ、英語の勉強だけでなく、海外から被災地へのビジター増加にも貢献したい。当面セッションに使用する会場は、災害支援の仲間が貸してくれるようだ。ありがたい。他にも、仮設住宅の集会所などが使えるかもしれない。

金曜の夜~今日にかけての色々な意見交換を通じて、やるべきことが具体化した。何かが降臨したかのように、色々な思いが突然一本にまとまった。11月の訪問時までに各方面に声をかけ、まずは陸前高田で実行し始めてみよう。最小単位でやり始めながら、どんどん改善していく。

前回の訪問からちょうど一ヶ月。ずっと考えていたいくつかのことが、今回現地の空気を吸う中で急に収斂された。行ってよかった。来月に向けて、準備を始めよう。帰路、福島の某所に寄って水を降ろした。2歳の赤ちゃんがいて、哺乳瓶に使う水がたくさん必要なのだそうだ。
僕に直接来た依頼じゃないけど、団体を2個経由して来た話。これも縁だろう。福島の人はまた陸前高田とは違った苦労を抱えておられる・・・。

個人として出来ることは、迷わずやろう。そういう個人が1000万人くらいに達したら、東北の復興は絶対大丈夫だ。動こう。

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