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はなそうツアー 2016年8月27-28日

大震災から6年目に入った三陸地方の今をご案内いたします。

出発
2016年8月27日(土)
東京発7時過ぎの新幹線に乗り、ピカチュウが出迎える一ノ関駅へ。
ピカチュウ トリミング済み
「おはようございます。初めまして。次いで自己紹介」。といつもと変わらぬ挨拶を。
何度目かのご参加Hさん。ご家族皆さんでのご参加されたSさんご一家(旦那さんHさん、奥様Fさん、娘さんEさん)
10時にレンタカーで気仙沼経由で陸前高田へ。
一ノ関から気仙沼への道中。「千厩(せんまや)」の地名、読み方にに皆さん興味深々。
ここぞとばかり、つい先日知ったばかりの知識を披露。
当時、奥州藤原家が馬をたくさん飼っており、厩(うまや)が多くあったことからこの地名になったとのこと。
また、源義経が一ノ谷でひよどり越えの逆落としの際に使用した愛馬もこの地のものとか。

<気仙沼市>
気仙沼駅から港に近づくに従い、津波が届いた建物、津波の被害状況、被害跡、有名俳優が支援し建てた喫茶店などを紹介。
また、港から750mも離れた鹿折地区まで運ばれた共徳丸(300t)がつい一昨年まで残っていたこと、街並みの変貌についても車の中から説明。

<陸前高田市>
一ノ関市から気仙沼市までの間で道路工事が数か所あったために思いのほか時間がかかった陸前高田市。
山の土砂を運んだベルトコンベア(希望の架け橋)もなくなり、空が開け、目の前にあるのは高さ14mの盛土の山。
ここに街やJRの駅、病院などがあったことは想像すらできない、映画のセットかと見間違う別世界。
道中、道路工事が数か所あったため予定より遅い到着に、お昼はどこで?予約時間に間に合うか?と一人気をもむ筆者。
もちろん、お昼はかかせません。休憩もそこそこに大船渡市へ。

<大船渡市>
三陸自動車道で陸前高田市から大船渡市へ移動。高台で眺めがよいのかと思いきや視界を遮る木々のため海岸線が見えず。
一つ目のICで自動車道を降りてすぐ、「ようこそ新沼謙二のふるさとへ」の看板が目に入ります。
国道45号線を左折し、細い道を使って国道45号線の下をくぐり、大船渡魚市場へ。
魚市場は震災前から行っていた移設工事が完了・完成し、今年2月から供用開始されたとのこと。
魚市場の2階まで車で上れる通路が最近できたので、レストランへ直行!しました。
しかし、停車している車が少なく、「本日、休み!?」と焦る筆者。
ベンチに腰かけていた人に「レストラン、ここだべが(でしょうか)?と尋ね中へ。
時間が押していたので、スタッフさんに「30分で食べ終われるものはなんだべ?」と質問に、
「ラーメンだねぇ」との回答に気が抜ける全員。
では、オーダーをそろえようとアイコンタクトし、「海鮮丼4つ」と「マグロ丼1つ」をオーダー。
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S.Eさんは、貝類、卵類が苦手とのことでマグロ丼。また、その母S.Fさんもねばねば系や卵系は苦手と言ってました。
が、「大丈夫。これは美味しい」と、お褒めの言葉をいただきました。1,200円/人。
確かに、筆者も魚卵が美味しいと思うようになったのは最近のことです。
S.Eさん、もう数年したら美味しさが分かるようになりますよ。でも、三陸で食べた新鮮なものに限りますけど。

 

<津波伝承館>

IMG_1416齊藤館長とご一緒に

 本日は我々5人のみの貸切状態。どこに座ろうかと逆に緊張してしまいました。
館長自らが撮影した地震発生直後から津波襲来の映像、その後の親類の安否確認の体験談、生活のご苦労、工夫を聴かせていただきました。地震対策の必要性、一人が生活するのに1日に必要な水の量は?避難経路の確認方法は?知らない土地で地震にあった時の逃げる方向を決めるポイントは?など、館長の実体験に基づく貴重なお話を教えてくださいました。
また、「奇跡の集落 吉浜」と呼ばれるようになった三陸町吉浜地区(同市隣町)の住民が、津波を経験後、高台移転を実施し、その後も高台に居を構え続けていることをモチーフにした紙芝居〝吉浜のおゆき”をDVDで拝見しました。
吉浜地区は明治三陸津波をきっかけに、高台移転を実施し、それを守り続けることにより、今回、亡くなった方は海辺で作業していた方、一人に抑えることができました。先人の決断、それを守り続けることがいかに大切なことなのかを教えてくれる内容でした。

<酔仙酒造>
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美酒伝承 酔仙の看板の前に

 お酒造りの真っただ中、お酒を造るタンクから瓶や缶への充填ラインまで、ご丁寧に案内・説明してくださいました。本日は、お酒の熟成中とのことで、タンクの仕込み口があるお部屋は立ち入り禁止なので、部屋の入り口で説明をうけました。
発酵中は二酸化炭素が発生します。が、二酸化炭素は空気より重く下に沈むので、タンク内部を覗きこむことをしなければ大丈夫です。しかし、万が一のことがあるので室内への立ち入りは禁止していますとのこと。
熟成状況の確認の際には、二人作業で一人が倒れた時に備えているとのこと。しかも、その時はその倒れた人を助けに行くのでなく、大声を上げて周囲の人に知らせることが手順であるとのことです。
また、陸前高田市にあった以前の工場での被災した時の様子、酒造り再開までのご苦労をお話しくださいました。
その日関東にいた我々には想像できないことが多数起こっていました。

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食い入るように写真を見つめるS・Hさん

 見学の後は、楽しみにしていた試飲です。

FullSizeRender (11)本日のラインナップ

 スタッフの方から味の違いが分かりやすい様にと左から順に飲み比べを行いました。
が、右端のラッピングされたものに興味を示し、順番を飛ばした方もいらっしゃしました。ねぇ、○さん。
その後、お気入りを買い求め酔仙さんを後にしました。

<宿泊>
宿泊先は3.11の際に津波を2階天井まで被ったホテル福富さん。
街復興と安全確保のため、以前の場所から100mほど移転し、先ごろリニューアルオープンしました。
ホテルは新築の匂いがしておりますが、素泊まり5,500円と、以前と変わらぬ価格に気仙人の優しさ、心意気を感じさせます。
ホテル周辺は、水道工事や舗装工事など街づくりのための復旧・復興工事が数多くみられ、次回訪れた時には違う姿を見せてくれるのが楽しみです。福富

 チェックイン後、「大船渡温泉」で一日の疲れを流しました。
到着した際にはもう暗かったのですが露天風呂からは大船渡湾口を眺めることができます。
防潮堤は海底から24m、海抜7mの高さがあり、湾内の海水を入れ替えるために防潮堤には大きな穴が複数空いているとのことです。大船渡港は客船飛鳥Ⅱが震災前後にも立ち寄ってくれるほどの港なのです。
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<晩ごはん>
ホテルへ戻り、晩ごはんを食べにプレハブ横丁へ歩いて移動。
本当にあちこちで工事が行われており、5分とかからないはずの横丁が遠かったです。
翌日、赤崎町蛸の裏港で行われる「さんま祭り」の参加者が多かったためかいずこも混んでおり、
ようやくたどり着いた「ときしらず」。
お刺身5点盛を頼もうと、メニューを手に悩んでいたら、
スタッフの方から「お刺身をすべて大船渡産で選ぶと真っ白になりますよ」との一言。
意味が分からず怪訝な顔をしていたら、赤色の気仙沼産のカツオもと勧められました。
新鮮なお刺身、モウカザメの心臓(モウカの星)etc.三陸の地ならではのもの他、美味しくいただきました。

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カツオ、イカ、ヒラメ&エンガワ、サワラ、ソイ…確かに白い。

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シャークナゲット、モウカの星

二日目(8月28日(日))
<防潮堤>
大船渡中心部の防潮堤工事も進み、高さ7mの防潮堤が湾全体を包み込むように作られています。
以前の防潮堤の高さは昭和35年のチリ地震津波の津波高を基準としており、高さは4mのものとのことです。
今回のものは、入り組んだ道路に合わせて作られており、道路にかかる部分は空いてあり、水門が設置されています。
参加者の皆さんは、道路の部分の水門が閉まり、津波から守るべき防潮堤に変化することがイメージできなかった様です。
道路がこちらからあちらへ走っていて、海は向こう側にあり、守りたいのはこちら側。
だから、この道路の水門が閉めると防潮堤になるでしょ?と説明をしていくうちに理解していただけました。
確かに、パズルの様に入り組んだ道路と海。オセロや囲碁のように陣取り合戦をやっているような感覚です。
大船渡防潮堤

<仮設住宅撤去>
卒仮設住宅の方が増えたため、まずは、学校のグラウンドに設置している仮設住宅の撤去が夏前から始まりました。
これで、子供たちがようやく、グラウンドで運動会・体育祭を経験することができるんだ喜ぶ一方、仮設住宅から仮設へ引っ越しを余儀なくされた方がいらっしゃることは忘れてはいけないことです。
この中学校の隣にある市営球場など他の市有地にまだまだ多くの仮設住宅は残っており、
3.11からの避難が終わるのはまだ先の様です。
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<旧細浦駅>
筆者が高校に通うため毎日利用していたJR大船渡線 細浦駅に寄りました。
現在、線路を撤去しアスファルトを引いてBRT(バス高速輸送システム)専用道としています。
気仙沼市からの道中、線路が外されてアスファルトが敷かれてるの?と何人の方にも尋ねられました。
「はい。そうです。この左側のガードレールの向こうが専用道です」と答えていたのですが、一般道を走っているとアスファルトが敷いてあるのが見えないので、???が続きます。
この細浦駅でじっくりと説明をし、駅を後にするときにBRTがやってきました。
線路跡をバスが走行し、駅にBRTが停車するのを目にしたのです。

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線路があったとは思えないきれいな専用道。右前方がBRT細浦駅

 

<穴通磯>
日曜日の朝八時から船に乗りアドベンチャーツアーで通過するはずだった穴通磯。
前日のうちに時化のため休船との連絡を受けていたので、穴通し磯を上から見下ろしに来ました。
天候も良く波が静かだと思ったのですが、やはり湾外、激しく岩に打ち付ける波の音は雷鳴のようでした。
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真ん中の穴を小舟で往復するはずだったのに

「なべやぎ調理実習」
前回、前々回と「がんずぎ(雁月)」を経験していただきました。
そろそろ違うものをということで、私も小学生のころからおやつとして自分で作っていた「なべやぎ」に 決めました。
濁点をつけて表記していますが、“なべやきうどん”とは異なり、鍋は使いません。
各家庭により、厚み、味付け、トッピングが異なり、三陸地方のソウルフードだと思っています。

 小麦粉、水、牛乳、ベーキングパウダーなどを混ぜているのを見て、
材料は「がんずぎ」と変わんないだがすと(変わらないんですね!)と思わず、口からでました。
そうなんです。異なるのは、蒸し器とフライパンの調理器具です。
がんずきも経験されているHさんから、蒸しケーキとパンケーキの違いですねと解説を受けました。ありがとうございます。

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器用にフライパンに流し込むS.Hさん エプロン姿がお似合いです

IMG_1454黒糖が溶けてアクセントに

<震災遺構>
<希望の架け橋>
陸前高田市全体のかさ上げに用いるため山を切り開いた土砂を運ぶのに用いたベルトコンベア。
今は、気仙川にかかる部分だけが残されています。
切り開かれた山は、高台集団移転の用地として整備中です。
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帰京
一ノ関駅にて各自手配したはやぶさ108号(17:48発)に乗り込み自然解散となりました。

今回、所要時間を見誤り、陸前高田市の遺構は車内からの説明がほとんどになってしまいました。
奇跡の一本松のそばまで行っていながら、真下から見上げることができず申し訳ありませんでした。
次回以降は、陸前高田市をメインにしたものを計画したいと思います。

 筆者の知っている地域、新しくできた筆者が行ってみたい場所がメインのご案内になってしまいます。
ここに行きたい。あのことを詳しく知りたい。とのご要望がありましたら、お問い合わせいただきますようお願いいたします。

A.Komatsu

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